日本では40代ともなると自分のことを’おじさん’’おばはん’とか呼んで、表向きには「恋愛は卒業しました」という顔をしている人がけっこう多い。
 アメリカでは’おじさん・おばはん’にあたるような言葉はないし、恋愛を卒業する気は全くない人のほうが多い。
 
 先夜、ある人と食事に行った。「ディナーに誘われたら、ロマンティック/セクシュアルな意図があると思え」などと言われてる国ではあるけれど、仕事で知り合った方なので深読みしたくなかった。それに1、2度しか会ったことのない妻帯者が、自分に気があると憶測するのも傲慢な気がしたし、その日アジア出張から戻ったばかりだというので、仕事の話をしたいんだけど夜しか時間がないんだろうと思った。なので服装もカジュアルビジネス風にして出かけた。
 実際に会ってみたら、彼はデートのつもりだったらしい。Zagatで調べたとてもおいしいレストランを予約してくれていて、エスコートも押しつけがましくなく、会話も気遣いもとてもあたたかった。実は奥さんとはずっと別居していて、離婚の手続きがもうじき終わる云々という状況を、会って早めの時間にさりげなく聞かされた。
 
 仕事の上でも社会的にも、その人のことは大変尊敬している。人間的にもおそらく信頼できる人だし、男性としても魅力的だと思う。だけど、どうしていいかわからなかった。私自身が、どういうリレーションシップを望んでいるか、混乱しているからだ。
 心は仕事に奪われていても、とりあえず体は家に帰ってくるワーカホリックならともなく、年中世界をとびまわっていて不在の人と、再び(前の彼がそうだった)関わりたいかどうか・・・自分でも、ずっと疑問に思っている。アメリカの都市にはこういうビジネスマンがけっこういて、30代後半〜40代の中年の危機を迎えた時に、家を守っていた奥さんの我慢に限界がきて、離婚を申し出るパターンが少なくないのだ。何せ子どものサッカーの試合には、お父さんが会社を早退して駆けつける国柄である。「子どものことはお前にまかせた」は通用しない。
 それに離婚を目前にして寂しくとも、感情的に前の関係を乗り越えていない間は他の人と下手につきあわない方がいい、というのが、私の信条だ。詳しい事情はわからないけれど、彼も奥さんとのことを後悔のないよう時間をかけて考えてほしいと思う。
 
 でもそんなことを話すタイミングもつかめないまま、どこかぎこちなく別れてしまった。アメリカでは、初デートの最後はチュッとキスしてさよならが普通だが、そんなことしたらどっと盛り上がってしまいそうで恐かった。
  
 これからアメリカで出会う男性は、結婚歴や子どものある人がほとんどだろうな。べ−シックな相性をクリアしたとしても、コミットした関係をもつのにネックになってくるのは、前のパートナーや子どもとの関係や彼らに対する責任・仕事などの社会的責任・そうした責任にまつわる時間とお金とエネルギーの使い方を、いかにお互いに折り合うかだろう。
 特にシングルペアレントの家庭を見ていると、子育てに対し責任感の強い人とそうでない人、愛情の深い人とそうでない人とでは、子どもの精神的安定度が全く異なってくる。以前、日本の男性と話した時に、「新しい相手のことを思うなら、子どもとも一切縁を切るべきだ」みたいなことを聞かされたが、「そんな無責任な人とは、私はつきあいたくないけどなぁ」と思った。
 これもよしあしだろうけど、アメリカでは「別れても子育ては協同する」カップルが多い。お父さんお母さんにそれぞれ新しい恋人がいるという状況の中で、子どもたちは今週(何曜日)はママの家、来週(何曜日)はパパの家、という風に行き来しながら柔軟かつしたたかに生きていて、その適応ぶりたるやあっぱれだ。それでも子どもと一対一で話してみると「ひょっとしたらまたパパとママが仲直りして、みんな一緒に暮らせるかも」という希望をかすかに抱いていることが多い。キッズ向けTVチャンネルのドラマなど見ていると、親が子どもに「パパとママは別れたけれど、私たちがひとつのファミリーであることは変わらないのよ」なんていう風に教える台詞がちりばめられている。
 当然ながらシングルペアレントがつきあうのは、「子どもともうまくやれる人」ということになる。関わってくる大人全員が精神的・感情的に成熟していないと、かなり難しい。でもうまくすると、成熟したしっかりした大人4、5人に愛され、多様な生き方にふれることができて、子どもにはおトクな状況が生まれたりもする。数日前に「同居していた男(シングルマザーの恋人か)が子どもを殴って死なせた」とかいう日本のニュースを聞いたが、たいへん腹立たしい。親になる人には、児童心理や発育について教育する必要があると思う。
 
 過去からのいろんなbaggage(お荷物)をしょっていても、恋愛やコンパニオンシップを求めるのは、私はよいことだと思う。誰かを好きだという思いは気持がいいし、毎日をとても明るくしてくれるからだ。この文章を読んだら、こないだの彼も、私の気持をわかってくれるだろう。日本語読めないから無理だけど(笑)。