パウエルのオバマ支持と、市民の反応

 大統領選挙日まで、あと11日。
 現在の世論調査では、オバマが7%かそこらリードしている。「まだ誰に投票するか決めていない」という投票者の間でも、「オバマに傾いている」という回答が上回っている。

 19日朝、コリン・パウエルオバマ支持を表明したと知って、あわててテレビをつけた。支持の理由を聞いて胸のすく思いがしたのは、私だけではないだろう。マケインのネガティブキャンペーンは、あまりに子どもじみていた。オバマがシカゴ大教授のビル・アイヤーズと仕事をしたことがあることを、「テロリストと怪しい関係がある」として、テレビ広告まで出したのにはあきれた。
 (アイヤーズは60年代にWeather Undergroundというラディカルな学生グループを創設した。このグループは富裕層の住むエリアでライオットを起こしたり、政府や銀行に爆弾をしかけたりした。70年代に入り、グループは2つに決裂。潜伏して暴力的な行動を続けようというグループと、「’再浮上して’、社会参加しよう」というグループと。後者をよびかけたのが、アイヤーズだという。オバマがこの人物と出会ったのは、1995年、慈善活動組織を通じてのことだ。またこの組織には、共和党議員も参加していた。http://www.time.com/time/politics/article/0,8599,1847793,00.html )
 
 いつもスゴイと思うんだが、嘘も堂々とつけば本当のこととしてまかり通ってしまう。おかげでオバマイスラム教徒でテロリストと関係があるとか、オバマ社会主義者だとか信じ込んで、ペイリンのスピーチ中に「Kill him!」と叫ぶ輩まで現れたのだからおっかない。公民権運動のころ、リンチにあって亡くなった黒人/白人アクティビストが何人もいたことを思い出して、ぞっとした。
 パウエルは「もしもオバマイスラム教徒だったとして、だから何だ? そんなことを問題にするのは、アメリカの精神に反している。イスラム教徒でも、この国のために闘って亡くなった兵士もいる。」と明言した。パウエルのこの発言は、100 Voicesに掲載されている(映像に日本語訳つき)。
 
 当然ながらこのパウエルの支持表明について、「黒人だから黒人を支持するんだろう」「パウエルは人種差別主義者だ」という右派メディアや議員が現れた。が、少なくともネット上では、市民の反応はかなり冷静だ。「ちゃんとパウエルの発言を聞いたのか。支持の理由を十分に説明して、人種だけで支持するなら10カ月も前にそうしてたと言ってるじゃないか。恥を知れ」「白人のジョー・リーバーマン(以前はゴアの副大統領候補だった)が、オバマではなくマケイン支持に転向した時は、人種差別主義者だとは言わなかったじゃないか」「パウエルの意思決定を人種差別ということ自体が人種差別だ」「市民の知性を侮るんじゃない」などなど。幼稚な攻撃に、共和党支持者を含め、市民がうんざりしている様子がうかがえる。
 
 ブッシュ政権国務長官として、国連でイラク軍事攻撃を正当化するスピーチをしたことを、2005年にパウエルは「lowest point in my life(人生最悪の時)」と述べている。 湾岸戦争の時に「戦争は最後の手段」と無益な戦争に反対したことを振り返れば、この国連のスピーチは本当に悔いの残ることだったのだろう。オバマ支持表明のスピーチからは、「今度は自分の信じる正しいことをする」という自信が感じられた。
 
 4年前、ブッシュが再選した時に、米国内外で多くの人が「どうしてこんなことがあり得るの?」と落胆した。以来、「アメリカを決定的に嫌いになった」「アメリカ人であることが恥ずかしい」という声もよく聞いた。今回の選挙では、投票者の意識はだいぶ違うように見える。
イラク戦争や金融破綻により、ブッシュ政権の言葉を信じて再選させたことによるダメージに気づいた。
共和党候補が選挙のたびに長らく続けてきたネガティブ・キャンペーンが、今回のマケインキャンペーンで頂点に達し、それが個人攻撃をしないオバマキャンペーンと極端な対照をなした。
 これまでの反省のもと、デマに踊らされてはならないという意識が出てきたのかもしれない。
 
 4年前、8年前に、アフリカ系アメリカ人の大統領を迎える準備が、国民の側にできていたかというと、ちょっと疑わしい。ブッシュ政権が国や世界に与えたダメージを目の当たりにして、その反動で「もう今までの政府はうんざり。本当に大胆な変化がほしい!」という気持になったからこそ、オバマがより魅力的に見えるというのはあるだろう。
 歴史上「黒人初の○○」という立場や職業を選んだ人物は、並みならぬ信念をもって、困難を乗り越えてきた。人種差別問題をずっと抱えてきたこの国に、アフリカ系アメリカ人の大統領が誕生することは、長い目で見て、国民の心理に計り知れない影響を与えるだろう。それは、ずっと「無理だよ。できっこないよ」と思ってきたことができてしまった時にもてる、達成感や充実感に似ているかもしれない。何よりも、オバマキャンペーンのスローガン「Change we can believe in.」のとおり、「アメリカは変われる国なんだ」「アメリカンドリームは健在なんだ」ということに、自信が持てるのではないか。国の雰囲気が、よくも悪くもすいぶん変わりそうな気がする。
 
 オバマの大統領としての実際の仕事ぶりと能力は、別の話だ。オバマとマケイン、どちらが政権をとったとしても、こんな難しい時期に大統領になるのだし、うまくいかないこともいろいろ出てくるだろう。
 米国の政権交替を分析し、チャンスを見いだして、日本、アジア、世界のためにプラスになる行動をとる政治家やビジネスマンが、日本からたくさん出てくるといいなぁ。 といったら、Am I asking too much?(多くを望み過ぎ?)だろうか。