ずっと読もうと思っていたカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を編集者の方にいただき、週末に読んだ。読後はとても悲しくなっていたようで、若いころの不安な気持が戻ってきたり、近所のいつもの風景もなんとなく寂しく見えたりした。評判通り、すばらしいストーリーテリングだった。
 日本語版の表紙はこの小説に出てくる歌にちなんだカセットテープだが、なんだか人の人生を早送りで見た(聞いた)ような思いがした。主人公たちの境遇は特別なものであるにしても、保護された幼年・少年期を過ごすこと、青年期に自分の意志をもつこと、やがて自分の役割を受け入れること、死を意識すること・・・と、過程自体は私たちの人生とそんなに変わらない。この小説を読んだ作家の誰かは「自分の好きなように生きたい!という衝動にかられて、じたばたして声をあげたくなった」と書いていた。
 私が寂しくなったのは、ある友人のことを思ったからだ。毎日の繰り返しの中では、人生は長く続くように感じられる。けれど友情や愛をつくる時間や機会というのは、実は限られていることをしみじみと思い出させられ、その人にとても会いたくなった。