3週間ほど、東京に戻っている。サンフランシスコを発つ前、『No End in Sight』というドキュメンタリーを観た。
 イラク戦争がどのようにして始められ、どのように間違った意思決定がなされていったかが、政府関係者の証言を通して浮き彫りにされていく。

 

 映画には、ブッシュ政権の意思決定とは反対の方向で努力していた人も出てくる。これだけの関係者からインタビューをとれたのは、製作・監督のチャールズ・ファーガソンの人脈と信望によるらしい。この人の経歴が面白くて、UCバークレーで数学のBA、M.I.T.で政治学博士号と取得し、ホワイトハウス国防省、さらにアップルやモトローラといったIT企業の戦略コンサルタントをしていた。
 1994年、ネットベンチャーVermeer Technologiesを設立して、’初のビジュアル・ウェブサイト・ディベロプメント・ツール’「FontPageTM」をつくった。で、このソフトがマイクロソフト・オフィスに統合されて会社はマイクロソフトに買われ、ファーガソン氏はミリオネラーになり、アカデミックライフに戻った。
 ずっと映画が好きだったファーガソン氏は、「イラクにおける米国の政策について扱ったドキュメンタリーがない」ことを知り、2005年にRepresentational Picturesを設立すると、この映画の製作に着手した。現地では、セキュリティを雇い、武装した車を3台用意し、数日おきに乗り換えながら撮影していったという。同じ場所には20分以上いないし、決して戻らない。誰かがケータイを使い始めたらすぐにその場を去る。など、危険な状況の中での撮影だったとのこと。
 
 ファーガソン氏はインタビューの中で「While I already knew that major mistakes had been made, I was truly shocked when I learned how casually, stupidly, hastily, and carelessly major decisions were made.(大きな過ちを犯していたのは知っていたが、これほど無頓着に、愚かに、軽はずみに、ずさんに重大な意思決定がなされていたかを知って、本当にショックを受けた)」と言っている。
 私も映画を観て、その経緯のあまりのずさんさに、唖然とした。企業の経営陣がこんなミスジャッジメントを重ねたら、間違いなくアニュアル・レポートの数字に結果が出て、減俸になるかクビになる。イラク市民が気の毒でならない。観客たちは「ムカつく」「落ち込む」を連発していたが、私でさえラムズフェルドの画像が出るたびにイラッとしてたんだから、自分の国のトップが犯した過ちをこのように見せられるのは、ほんとに腹立たしいだろう。 
 国の代表を選ぶのは、ほんとに大事な作業だ。たまに「政治なんて誰がやっても同じ」と、乱暴なことを言うノンポリな人がいるが、そんなことは決してない。たとえ’やっていること’はぱっと見同じだったとしても、’やり方’や’どこで妥協するか’が異なって来る。
 
 一緒に観たアメリカ人の友人は、甥っ子が海兵隊員としてイラクにいる。かなりリベラルな家庭で育ったにも関わらず、「国のために尽くす」と言って、カレッジの途中で入隊してしまった。ベトナム戦争の反省から、今のアメリカは、兵士のことは擁護する風潮にある。イギリスでも派兵時に、「兵士をサポートしながら戦争に反対することは可能だ」という意見があがった。
 それには共感する。けれど時間をかけて、若い人が戦争に行くことの現実と意味をもっと理解できるよう、教育していく必要があると思う。「女性にも徴兵制を」なんて意見を聞くと、私はぞっとしてしまう。
 
 その分野の専門家でない限り、日々テレビや新聞で断片的に見聞きするニュースから、全体の成り行きや事の真相を知ることは、きわめて難しい。私など若いころはもっと政治経済にウトかったし、何事もビハインド・ザ・ストーリーに興味がいってしまうタイプなので、新聞を読んでると、自分の知識の欠如を棚にあげて「これ、わざと普通の人がわからないように書いてない?」とまで思ったものだ。
 「どこどこが爆撃された」「○人兵士が送られた」という事実の裏には、ちゃんと理由がある。大きく報道されなかった部分からも情報を集め、長い時間の流れの中で、どんな事実にどんな意味があったのかを探る・・。これがドキュメンタリーの仕事だなぁ、と、『No End in Sight』を観てあらためて思った。